家《いへ》をおもへば
こころ冷《つめ》たし

人みなが家《いへ》を持つてふかなしみよ
墓に入《い》るごとく
かへりて眠る

何かひとつ不思議を示し
人みなのおどろくひまに
消えむと思ふ

人といふ人のこころに
一人づつ囚人《しうじん》がゐて
うめくかなしさ

叱《しか》られて
わっと泣き出《だ》す子供心
その心にもなりてみたきかな

盗むてふことさへ悪《あ》しと思ひえぬ
心はかなし
かくれ家《が》もなし

放《はな》たれし女のごときかなしみを
よわき男の
感《かん》ずる日なり

庭石《にはいし》に
はたと時計をなげうてる
昔のわれの怒《いか》りいとしも

顔あかめ怒《いか》りしことが
あくる日は
さほどにもなきをさびしがるかな

いらだてる心よ汝《なれ》はかなしかり
いざいざ
すこし※[#「呎」の「尺」に代えて「去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》などせむ

女あり
わがいひつけに背《そむ》かじと心を砕《くだ》く
見ればかなしも

ふがひなき
わが日《ひ》の本《もと》の女等《をんなら》を
秋雨《あきさめ》の夜《よ》にののしりしかな

男とうまれ男と交《まじ》り
負けてをり
かるがゆゑにや秋が身に沁《し》む

わが抱《いだ》く思想はすべて
金《かね》なきに因《いん》するごとし
秋の風吹く

くだらない小説を書きてよろこべる
男|憐《あは》れなり
初秋《はつあき》の風

秋の風
今日《けふ》よりは彼《か》のふやけたる男に
口を利《き》かじと思ふ

はても見えぬ
真直《ますぐ》の街をあゆむごとき
こころを今日は持ちえたるかな

何事も思ふことなく
いそがしく
暮らせし一日《ひとひ》を忘れじと思ふ

何事も金金《かねかね》とわらひ
すこし経《へ》て
またも俄《には》かに不平つのり来《く》

誰《た》そ我《われ》に
ピストルにても撃《う》てよかし
伊藤のごとく死にて見せなむ

やとばかり
桂《かつら》首相に手とられし夢みて覚《さ》めぬ
秋の夜の二時

 煙

   一

病《やまひ》のごと
思郷《しきやう》のこころ湧《わ》く日なり
目にあをぞらの煙《けむり》かなしも

己《おの》が名をほのかに呼びて
涙せし
十四《じふし》の春にかへる術《すべ》なし

青空に消えゆく煙
さびしくも消えゆく煙
われにし似るか

かの旅の汽車の車掌《しやしやう》が
ゆくりなくも
我が中学の友なりしかな

ほとばしる喞筒《ポンプ》の水の
心地《ここち》よさよ
しばしは若きこころもて見る

師も友も知らで責《せ》めにき
謎《なぞ》に似る
わが学業のおこたりの因《もと》

教室の窓より遁《に》げて
ただ一人
かの城址《しろあと》に寝に行きしかな

不来方《こずかた》のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五《じふご》の心

かなしみといはばいふべき
物の味《あぢ》
我の嘗《な》めしはあまりに早かり

晴れし空|仰《あふ》げばいつも
口笛を吹きたくなりて
吹きてあそびき

夜寝ても口笛吹きぬ
口笛は
十五の我の歌にしありけり

よく叱《しか》る師ありき
髯《ひげ》の似たるより山羊《やぎ》と名づけて
口真似もしき

われと共《とも》に
小鳥に石を投げて遊ぶ
後備大尉《こうびたいゐ》の子もありしかな

城址《しろあと》の
石に腰掛《こしか》け
禁制の木《こ》の実《み》をひとり味《あぢは》ひしこと

その後《のち》に我を捨てし友も
あの頃は共に書読《ふみよ》み
ともに遊びき

学校の図書庫《としよぐら》の裏の秋の草
黄《き》なる花咲きし
今も名知らず

花散れば
先《ま》づ人さきに白の服《ふく》着《き》て家《いへ》出《い》づる
我にてありしか

今は亡き姉の恋人のおとうとと
なかよくせしを
かなしと思ふ

夏休み果《は》ててそのまま
かへり来《こ》ぬ
若き英語の教師もありき

ストライキ思ひ出《い》でても
今は早《は》や吾が血|躍《をど》らず
ひそかに淋《さび》し

盛岡《もりをか》の中学校の
露台《バルコン》の
欄干《てすり》に最一度《もいちど》我を倚《よ》らしめ

神有りと言ひ張る友を
説《と》きふせし
かの路傍《みちばた》の栗《くり》の樹《き》の下《もと》

西風に
内丸大路《うちまるおほぢ》の桜の葉
かさこそ散るを踏《ふ》みてあそびき

そのかみの愛読の書《しよ》よ
大方《おほかた》は
今は流行《はや》らずなりにけるかな

石ひとつ
坂をくだるがごとくにも
我けふの日に到り着きたる

愁《うれ》ひある少年《せうねん》の眼に羨《うらや》みき
小鳥の飛ぶを
飛びてうたふを

解剖《ふわけ》せし
蚯蚓《みみず》のいのちもかなしかり
かの校庭の木柵《もくさく》の下《もと》

かぎりなき知識の慾《よく》に燃ゆる眼を
姉は傷《いた》みき
人恋ふるかと

蘇峯《そほう》の
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング