書《しよ》を我に薦《すす》めし友早く
校《かう》を退《しりぞ》きぬ
まづしさのため

おどけたる手つきをかしと
我のみはいつも笑ひき
博学の師を

自《し》が才《さい》に身をあやまちし人のこと
かたりきかせし
師もありしかな

そのかみの学校一のなまけ者
今は真面目《まじめ》に
はたらきて居《を》り

田舎《ゐなか》めく旅の姿を
三日《みか》ばかり都に曝《さら》し
かへる友かな

茨島《ばらじま》の松の並木の街道を
われと行きし少女《をとめ》
才《さい》をたのみき

眼を病みて黒き眼鏡《めがね》をかけし頃
その頃よ
一人泣くをおぼえし

わがこころ
けふもひそかに泣かむとす
友みな己《おの》が道をあゆめり

先《さき》んじて恋のあまさと
かなしさを知りし我なり
先んじて老《お》ゆ

興《きよう》来《きた》れば
友なみだ垂《た》れ手を揮《ふ》りて
酔漢《ゑひどれ》のごとくなりて語りき

人ごみの中をわけ来《く》る
わが友の
むかしながらの太《ふと》き杖《つゑ》かな

見よげなる年賀の文《ふみ》を書く人と
おもひ過ぎにき
三年《みとせ》ばかりは

夢さめてふっと悲しむ
わが眠り
昔のごとく安からぬかな

そのむかし秀才《しうさい》の名の高かりし
友|牢《らう》にあり
秋のかぜ吹く

近眼《ちかめ》にて
おどけし歌をよみ出《い》でし
茂雄《しげを》の恋もかなしかりしか

わが妻のむかしの願ひ
音楽のことにかかりき
今はうたはず

友はみな或日《あるひ》四方《しはう》に散り行《ゆ》きぬ
その後《のち》八年《やとせ》
名《な》挙《あ》げしもなし

わが恋を
はじめて友にうち明けし夜《よる》のことなど
思ひ出《い》づる日

糸切れし紙鳶《たこ》のごとくに
若き日の心かろくも
とびさりしかな

   二

ふるさとの訛《なまり》なつかし
停車場《ていしやば》の人ごみの中に
そを聴《き》きにゆく

やまひある獣《けもの》のごとき
わがこころ
ふるさとのこと聞けばおとなし

ふと思ふ
ふるさとにゐて日毎《ひごと》聴《き》きし雀《すずめ》の鳴くを
三年《みとせ》聴かざり

亡《な》くなれる師がその昔
たまひたる
地理の本など取りいでて見る

その昔
小学校の柾屋根《まさやね》に我が投げし鞠《まり》
いかにかなりけむ

ふるさとの
かの路傍《みちばた》のすて石よ
今年も草に埋《うづ》もれしらむ

わかれをれば妹《いもと》いとしも
赤き緒《を》の
下駄《げた》など欲《ほ》しとわめく子なりし

二日《ふつか》前に山の絵《ゑ》見しが
今朝《けさ》になりて
にはかに恋しふるさとの山

飴売《あめうり》のチャルメラ聴《き》けば
うしなひし
をさなき心ひろへるごとし

このごろは
母も時時《ときどき》ふるさとのことを言ひ出《い》づ
秋に入《い》れるなり

それとなく
郷里《くに》のことなど語り出《い》でて
秋の夜《よ》に焼く餅《もち》のにほひかな

かにかくに渋民村《しぶたみむら》は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川

田も畑《はた》も売りて酒のみ
ほろびゆくふるさと人《びと》に
心寄する日

あはれかの我の教へし
子等《こら》もまた
やがてふるさとを棄《す》てて出《い》づるらむ

ふるさとを出《い》で来《き》し子等の
相会《あいあ》ひて
よろこぶにまさるかなしみはなし

石をもて追はるるごとく
ふるさとを出《い》でしかなしみ
消ゆる時なし

やはらかに柳あをめる
北上《きたかみ》の岸辺《きしべ》目に見ゆ
泣けとごとくに

ふるさとの
村医《そんい》の妻のつつましき櫛巻《くしまき》なども
なつかしきかな

かの村の登記所《とうきしよ》に来て
肺《はい》病《や》みて
間もなく死にし男もありき

小学の首席を我と争《あらそ》ひし
友のいとなむ
木賃宿《きちんやど》かな

千代治等《ちよぢら》も長《ちやう》じて恋し
子を挙《あ》げぬ
わが旅にしてなせしごとくに

ある年の盆《ぼん》の祭に
衣《きぬ》貸《か》さむ踊れと言ひし
女を思ふ

うすのろの兄と
不具《かたは》の父もてる三太《さんた》はかなし
夜《よる》も書《ふみ》読《よ》む

我と共に
栗毛《くりげ》の仔馬《こうま》走らせし
母の無き子の盗癖《ぬすみぐせ》かな

大形《おほがた》の被布《ひふ》の模様の赤き花
今も目に見ゆ
六歳《むつ》の日の恋

その名さへ忘られし頃
飄然《へうぜん》とふるさとに来て
咳《せき》せし男

意地悪《いぢわる》の大工《だいく》の子などもかなしかり
戦《いくさ》に出《い》でしが
生きてかへらず

肺を病む
極道地主《ごくだうぢぬし》の総領《そうりやう》の
よめとりの日の春の雷《らい》かな

宗次郎《そうじろ》に
おかねが泣きて口説《くど》き居《を》り
大根《だいこん》の花白きゆふぐ
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