受けた日の晩とその翌晩とは確かに一つも見なかつたやうだ。長い間無理矢理に片隅に推しつけられて苦しがつてゐた内臟も、その二晩だけは多少以前の領分を囘復して、手足を投げ出してグツスリと寢込んだものと見える。その後はまたチヨイ/\見るやうになつた。とある木深い山の上の寺で、背が三丈もあらうといふ灰色の大男共が、何人も/\代る/″\出て來て鐘を撞いた夢も見た。去年の秋に生れて間もなく死んだ子供の死骸を、郷里の寺の傍の凹地で見付けた夢も見た。見付けてさうして抱いて見ると、パツチリ目をあけて笑ひ出した。不思議な事には、男であつた筈の子供がその時女になつてゐた。「區役所には男と屆けた筈だし、何うしたら可いだらうか。」「さうですね。屆け直したら屹度罰金をとられるでせうね。」「仕方がないから今度また別に女が生れた事にして屆けようか。」予と妻とは凹地の底でかういふ相談をしてゐた。
七
つい二三日前の明方に見た夢こそ振つたものであつた。予はナポレオンであつた。繪や寫眞版でよく見るナポレオンの通りの服裝をして、白い馬に跨つた儘、この青山内科の受付の前へ引かれて來た。戰に敗けて捕虜になつた所らし
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