あたりまで垂れ、一段高い處に立つて、ピカ/\光る杖を揮りながら何事か予に命じた。何事を命ぜられたのかは解らない。その時誰だか側らにゐて「もう斯うなつたからには仕方がない。おとなしくお受けしたら可いだらう。」と言つた。それは何でも予の平生親しくしてゐる友人の一人だつたやうだが、誰であつたかは解らない。予はそれに答へなかつた。さうして熱い/\涙を流しながら、神樣と議論した。長い間議論した。その時神樣は、ぢつと腕組みをして予の言葉を聞いてゐたが、しまひには立つて來て、恰度小學校の時の先生のやうに、しやくり上げて理窟を捏ねる予の頭を撫でながら、「もうよし/\。」と言つてくれた。目のさめた時はグツシヨリと汗が出てゐた。さうして予が神樣に向つて何度も何度も繰返して言つた、「私の求むるものは合理的生活であります。たゞ理性のみひとり命令權を有する所の生活であります。」といふ言葉だけがハツキリと心に殘つてゐた。予は不思議な夢を見たものだと思ひながら、その言葉を胸の中で復習してみて、可笑しくもあり、悲しくもあつた。
 入院以來、殊に下腹に穴をあけて水をとつた以來、夢を見ることがさう多くはなくなつた。手術を
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