「。何をそんなに考え込んでるんだ。」
「おれは銅像になぞしてもらいたくない。」雨蛙は哀しそうにいいました。「おれの腹には臍がないし、それに話が大分喰い違っているようだ。おれはあの折人にものを教えようとも思っていなければ、そんなに骨を折って柳の枝に飛びつこうともしていたわけじゃないんだよ。」
「じゃ、何をしてたんだ。正直に言いなさい。」
蝸牛は険しい顔をしました。友達のそんな気色を見てとった雨蛙は、気おくれがしたように声を低めました。
「ほんとうのことをいうと、おれはぶらんこをしていたんだよ。道風さんにはすまないけど、唯それだけのことなんだ。」
「ぶらんこ……」
蝸牛は呆気にとられたようにいいました。そして柄《え》のついた雨除け眼鏡を持ちなおして、しげしげと相手の顔を見入っていましたが、こんなせち辛い世のなかに、のん気にぶらんこをして遊ぶような、そんな友達なぞ持ちたくないといったように、顔をしかめたまま、黙って向をかえました。
仲のいい友達を一人失くした哀しみを抱きながら、雨蛙はぐしょ濡れになって、無花果の上葉から下葉へと飛び下りました。
そこには皺くちゃな蟇蛙《ひきがえる》がいて、待っていたように悪態を吐《つ》きました。
「慾のない小伜《こせがれ》めが。一家《いっけ》一族の面目ってことを知りくさらねえのか。」
「それは知っている。だが、おれは嘘は言いたくないのだ。それに買いかぶられるのが何よりも嫌なんだ。」
そういった雨蛙の言葉には、何となくある明るさと力強さとがありました。
底本:「艸木虫魚」岩波文庫、岩波書店
1998(平成10)年9月16日第1刷発行
1998(平成10)年12月15日第2刷発行(校正)
親本:「艸木虫魚」(普及版)創元社
1929(昭和4)年発行
※「五、六ケ月」「鷹ケ峰」の「ケ」を小書きしない扱いは、底本通りにしました。
入力:本山智子
校正:小林繁雄
2002年12月23日作成
2003年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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