い米塩《べいえん》の資《し》に窮さないにしても、下手は下手なりに創作で押して行こうと云う気が出なかったなら、予は何時《いつ》までも名誉ある海軍教授の看板を謹んでぶら下げていたかも知れない。しかし現在の予は、既に過去の予と違って、全精力を創作に費さない限り人生に対しても又予自身に対しても、済まないような気がしているのである。それには単に時間の上から云っても、一週五日間、午前八時から午後三時まで機械の如く学校に出頭している訳に行くものではない。そこで予は遺憾ながら、当局並びに同僚たる文武教官各位の愛顧に反《そむ》いて、とうとう大阪毎日新聞へ入社する事になった。
 新聞は予に人並の給料をくれる。のみならず毎日出社すべき義務さえも強いようとはしない。これは官等の高下をも明かにしない予にとって、白頭《はくとう》と共に勅任官を賜るよりは遥に居心《いごこち》の好い位置である。この意味に於て、予は予自身の為に心から予の入社を祝したいと思う。と同時に又我帝国海軍の為にも、予の如き不良教師が部内に跡を絶った事を同じく心から祝したいと思う。
 昔の支那人は「帰らなんいざ、田園|将《まさ》に蕪《ぶ》せんとす」
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