くたく》教授に過ぎなかったから、予の呼吸し得た自由の空気の如きも、実は海軍当局が予に厚かった結果と云うよりも、或は単に予の存在があれどもなきが如くだった為かも知れない。が、そう解釈する事は独り礼を昨日の上官に失するばかりでなく、予に教師の口を世話してくれた諸先生に対しても甚だ御気の毒の至《いたり》だと思う。だから予は外に差支えのない限り、正に海軍当局の海の如き大度量に感泣して、あの横須賀工廠の恐る可き煤煙を肺の底まで吸いこみながら、永久に「それは犬である」と講釈を繰返して行ってもよかったのである。
 が、不幸にして二年間の経験によれば、予は教育家として、殊に未来の海軍将校を陶鋳《とうちゅう》すべき教育家として、いくら己惚れて見た所が、到底然るべき人物ではない。少くとも現代日本の官許教育方針を丸薬の如く服膺《ふくよう》出来ない点だけでも、明《あきらか》に即刻放逐さるべき不良教師である。勿論これだけの自覚があったにしても、一家|眷属《けんぞく》の口が乾上《ひあが》る惧がある以上、予は怪しげな語学の資本を運転させて、どこまでも教育家らしい店構《みせがま》えを張りつづける覚悟でいた。いや、たと
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