とか謡った。予はまだそれほど道情《どうじょう》を得た人間だとは思わない。が、昨《さく》の非を悔い今の是《ぜ》を悟っている上から云えば、予も亦同じ帰去来《ききょらい》の人である。春風は既に予が草堂の簷《のき》を吹いた。これから予も軽燕と共に、そろそろ征途《せいと》へ上ろうと思っている。
[#ここで字下げ終わり]
同じ年の五月上旬、芥川氏は氏の入社と同時に、東京日々の方へ迎えられた菊池寛氏と連立って、初めて大阪に来たことがあった。新聞社へ来訪したのが、ちょうど編輯会議の例会のある十日の夕方だったので、私は二氏に会議の席へ顔出しして、何かちょっとした演説でもしてもらおうとした。演説と聞いて、菊池氏は急に京都へ行かなければならない用事を思い出したりしたので、芥川氏は不承不精に会議に出席しなければならなくなった。
その晩、芥川氏が何を喋舌《しゃべ》ったかは、すっかり忘れてしまったが、唯いくらか前屈みに演壇に立って、蒼白い額に垂れかかる長い髪の毛をうるさそうに払いのけながら、開口一番、
「私は今晩初めてこの演壇に立つことを、義理にも光栄と心得なければならぬかも知れませんが、ほんとうは決して光
前へ
次へ
全242ページ中93ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング