成功から博士は確信をもって、同じ巣に棲んでいる蜂という蜂は、それぞれちがった体臭をもっているので、彼等は暗い巣のなかで、やや離れていても、お互によく相手を嗅ぎ知ることが出来るのだといっている。
 何の別ちもなく見えるこんなものの匂にも、味いわけようとすれば、味いわけ得られるだけの微かな相違はあるのだ。自然がかくばかり細かな用意をもって、倹約《しまつ》して物を使っているのに、この木の芽の塩っぱい匂は、あまりに濫費《むだづかい》に過ぎ、あまりに一人よがりに過ぎはしないだろうか。――とはいうものの、自然に恵まれないものは、しょうことなしに溜息でもつくの外はなかった。こうして洩らされた葉の溜息は、その静かな情熱を包んで、麝香猫のようにぷんぷんあたりを匂わせているのだ。

     2

 春さきに勝手口の空地に顔を出しているものに、山椒と蕗の薹とがある。蕗の薹は辛辣な皮肉家だけに、絶えず苦笑をしている。巧みな皮肉も、度を過ごすと少しあくどくなるように、蕗の薹の苦い風味を好む人も、もし分量が過ぎると、口をゆがめ、顔を顰めないわけにはゆかなくなる。皮肉家は多くの場合に自我主義者《エゴイスト》で、ど
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