木の芽

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 勝手口にある山椒の若芽が、この頃の暖気で、めっきり寸を伸ばした。枝に手をかけて軽くゆすぶって見ると、この木特有の強い匂が、ぷんぷんとあたりに散らばった。
 何という塩っぱい、鼻を刺すような匂だろう。春になると、そこらの草や木が、われがちに太陽の光を飽飲して、町娘のように派手で、贅沢な色で、花のおめかしをし合っているなかに、自分のみは、黄色な紙の切屑のようにじみな、細々《こまごま》した花で辛抱しなければならず、それがためには、大気の明るい植込みのなかに出ることも出来ないで、うすら寒い勝手口に立っていなければならない山椒の樹は、何をおいても葉で自らを償い、自らを現すより外には仕方がなかった。そして葉は思いきり匂を撒き散らしているのだ。
 Smithsonian Institution の McIndoo 博士は、嗅覚の鋭敏なので名高い人だが、いつだったか、五、六ケ月の実験の後、同じ巣に棲っている女王蜂と、雄蜂と、働蜂とをそれぞれ嗅ぎ分けることが出来た。博士はまた数多くの蜂蜜を集めて、その匂の差異を少しも間違わないで、嗅ぎ知ることが出来た。こうした実験の
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