侘助椿
薄田泣菫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)室《へや》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)―友人西川|一草亭《いっそうてい》氏が、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)一※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]《ひとわん》
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        一

 私は今夕暮近い一室のなかにひとり坐ってゐる。
 灰色の薄くらがりは、黒猫のやうに忍び脚でこつそりと室《へや》の片隅から片隅へと這《は》ひ寄つてゐる。その陰影が壁に添うて揺曳くする床の間の柱に、煤《すす》ばんだ花籠がかかつてゐて、厚ぼつたい黒緑《くろみどり》の葉のなかから、杯形《さかづきがた》の白い小ぶりな花が二つ三つ、微かな溜息《ためいき》をついてゐる。
 侘助《わびすけ》。侘助椿だ。―友人西川|一草亭《いっさうてい》氏が、私が長い間身体の加減が悪く、この二、三年門外へは一歩も踏《ふ》み出したことのない境涯を憐れんで、病間のなぐさめにもと、わざわざ届けてくれ
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