、確かに人並すぐれて細かなところがあつた。壁と障子とに仕切られた四畳半の小さな室は、茶人がその簡素な趣味生活の享楽を一※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]《ひとわん》の茶とともに飽喫しようとするには、努めて壁と障子との一重《ひとえ》外に限りもなく拡がつてゐる大きな世間といふものを忘れて、すべて幻想と聯想《れんさう》とを、しつかりとこの小天地の別箇の生活のうちに繋《つな》いでゐなければならぬ。
 それには生活の方式がある。その方式といふのは、長い間かかつて磨かれた簡素な象徴的なもので、例へば、釜の蓋《ふた》の置き場所から、茶杓《ちやしやく》の柄の持ち方に到《いた》るまで、きちんと方式が定まつてゐて、それを定められた通りに再現することによつて、方式それみづからの持つ不思議な力は、壺《つぼ》のやうに小さな茶室に有り余るほどゆつたりとした余裕《ゆとり》と沈静《おちつき》とを与へ、そこにゐる主客いづれもの気持に律動と諧調とを生みつけ、また日ごとにめまぐるしくなりゆく現実の生活とは異《ちが》つた、閑寂と侘とのひそやかな世界を皆のうちに創造しようとする。
 そのひそやかな世界
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