でした。急に茶室のなかが薄暗くなつたかと思ふと、時雨がはらはらと軒の板庇を叩いて通りました。
「御主人……」しばらくしてから客の一人が口を切りました。「少し趣向もござれば、その茶入の破片は拙者において所望いたしたい」
「最早手前には無用の品、どうか御随意になされますやう」
主人はほがらかな気持で答へました。その客は静かに炉縁ににじり寄つて、灰のなかから茶入の破片をこくめいに拾ひ上げました。
時雨はいつか通り過ぎたかして、室のなかはまたぱつと明るくなつてきました。
二
雲山肩衝の破片を拾ひ集めた茶人の手で、間もなく茶会がまた催されました。
客の一人としてその席に招かれた利休の顔は、若狭盆に載せられた肩衝の茶入が眼につくと、驚きの色で輝きました。それはばらばらに幾つかに毀れたのを、無雑作に継ぎ合せたもので、なかには破片と破片とが互ひに入違ひになつてゐるところもあつて、誰の眼にも素人の手で繕はれたものとはすぐに見別けられました。
が、利休の驚いたのは、この席で疵《きず》入りの肩衝を見つけたからではありません。その茶入が紛《まが》ふ方もなく、ついこなひだ堺衆なにがしの茶席で見かけた雲山そのものだつたからでした。それに気がつくと同時に、利休の眼の前には、驕慢と押しつけがましさとで火のやうに燃えてゐたその持主の顔が描き出されました。
「たうとう割りをつたな」利休は心のなかでさう思ひました。「大抵の者ならば、割るよりもまづ売るはうを考へたらうにな」
利休はしづかに盆の上から茶入をとりあげました。そして初めて気付いたもののやうに言ひました。
「ほう、これはいつぞやの雲山でござるな」見ると素人の手でへたに繕はれただけに、茶入には以前の衒気は跡方もなく消えてゐました。利休にはそれが以前の持主の名器に対する執着の抛擲《はうてき》のやうにも見えました。利休は独語のやうに言ひました。「これでこそ、結構至極ぢや……」
三
「利休が結構至極と折紙をつけたさうな」
この評判は、たちまちその頃の茶人たちのなかに拡がりました。そして前にはこれを見て何ひとつ言はなかつた利休に、結構至極と折紙をつけさせるやうになつたのは、茶入の割れ目を繕つたその無雑作加減が、茶道の極意にかなつたからだと噂されました。
「こんな名器を貰ひ徳にしておいては、茶人冥利につき
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