ら、何一つ見られなくなつてゐる。はかない人間の仕事は、かうした荒廢の前に立つては、睫毛一つ動かすにも足りないのだ。なんといふ嚴肅沈痛な姿であらう。これは自然のどん底に落ちついた大肯定であり、また大否定である。――私は怯えたやうな心を抱いて、じつと眼をつぶつた。
 ……私は今日まで途を歩かうといふには、どこやらの詩人のやうに、いつも美しい花の種子を隱しに入れて置いた。そして程よい土地だと思ふと、自分にも蒔いたり、他にも蒔かせたりした。かうして種子を蒔いた美しい花は、わからずやの群衆だの、ある權力を待つたものの荒つぽい爪先にかけられて、あるものはやはらかい莖を折られ、あるものは黄いろい蘂の粉が地べたに染みこむまで力強く蹂躙《ふみにじ》られた。私はそれを思ふと、いつも腹立たしさに息がつまるやうだ。
 しかし幸福な事には、私達の蒔いた花は、あの青淵にすがりついた蔓草のやうに、その莖に吾とわが運命を見透し得る眼が開いてゐる。この眼には今滅びかかつた自分の身をすら眺める事の出來る靜かな光がある。それに比べてこれを蹂躙らうといふ輩のみじめさといつたら――彼等の生活はちやうど巨大胃《メガロガストリ》の
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