すつかり諦めてしまつて、唯もう言ひつけられたやうに、すたすたと歩き通しに歩いて行つた。豆は爆《は》ぜ割れるほど實が肥つたし、麥もそろそろ熟れかかつて來たので、野良仕事も一先づ片付いたかして、見渡した處人つ子一人そこらに働いて居ない。程近い秋篠川の川縁に、家鴨飼の子供であらう、長い竹竿を擔いだのが、小高い岡の上にひよいとのぞいたかと思ふと、直ぐまた段々降りに見えなくなつてしまつた。夏初めの氣力に充ちた附近の自然が、言ひ合はしたやうに虐げと重みをもつて、私一人に押被さるやうで、疲勞と不安とにそろそろ辛抱が出來なくなつて來た。
すぐ手前に刈り込んだやうに、行儀よく立竝んだ麥の穗並が、さつと一搖れ白く搖れて、快活な風が子供のやうに、地べたに轉がり落ちて來た。この頃の照りつづきで乾ききつた路の砂埃が、ぱつとまくし起つて、一煽り煽り立つたと思ふと、先細《さきぼそ》にすぢりもぢつてころころと轉がつて來る。するとそこらにだらしなく寐轉んでゐた木つ葉や、稈心の片々になつたのが、目に見えぬものの手に引きつけられたやうに、つと摩り寄つて一緒になつてくるくると舞ひ揚つたと見ると、今度はひよいと立直して、する
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