すると爪立《つまだち》に伸《の》し上つたが早いか、さつと横倒しに倒れかかつて、つつつと小走りに右へ、麥畠の畔になぐれ込んでしまつた――旋風《つむじかぜ》が卷いたのだ。
 私はいつの間にかそこに突立つてゐた。氣難しい顰《しか》めつ面の大自然の重くるしい沈思の底にも、どうかすると蟲が喰つたやうにこんな空洞が出來て、周圍のすべての力が慌てたやうにそこに流れ込む。してまた偶には思ひも掛けぬほど大きな渦卷を仕出かす事さへもある。自分達の内生活の氣象もどうかするとこんな事だらけで、何もこんな旋風がたいして一日の氣象に影響したり、一生の生存に關係するといつた程の事は無いにしても、それでも猶こんな小さな現象の底に、盲探しに動いてゐる宇宙の極祕の或る閃きを見出す事が出來る。
 日が少し曇り掛つて來たので、蒸暑さがまた堪へられなくなつた。俄かに渇きが湧いて、咽喉が痙攣《ひきつ》るやうになつた。西大寺村はついそこに見える。私は痺れるやうな足を引摺つてとぼとぼと歩いて行つた。



底本:「現代日本紀行文学全集 西日本編」ほるぷ出版
   1976(昭和51)年8月1日初版発行
底本の親本:「薄田泣菫全集 第
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