て空腹を抱へて歩いてゐるうち、何日ぞや讀んだゴルキイの『荒野』といつた短篇がつい記憶に浮んで來た。雜色の補布《つぎぎれ》で縫ひ綴くつた灰色の股引を、痩せかじけた空脛に引纒ひ、途中で拾ひ取つた破靴を、上衣の裏を引解した絲で踵に結びつけて、ばたばたと砂煙を立てて行く書生だの、赤シヤツを著て、剥げちよろけの軍帽を横つ倒しにかぶり、袋のやうな洋服をだぶだぶに、素足のままですたすたと歩く兵隊上りだのと一緒に、地焦《ぢいき》れのひどい夏の荒野を、腹はぺこペこになつて、せかせかと急いで行く姿を思ひ浮べると、今一人の道連れがどうやら自分のやうに想はれて、をかしくも、氣の毒にも、また腹立たしくもなつて來る。
はつきりとは覺えて居らぬが、なんでもその物語の中程に、素足の兵隊上りであつたか、雲を見て覆盆子汁《いちごじる》に乳を振り掛けたやうな色合だといつたのを聞いて、急に食氣がさしてひもじさがいつそまた堪へ難くなつたといふ一節があつた。――覆盆子といへば、今が丁度出盛りの、ついそこらの草の間にもこつそりと稔つてゐまいものでもあるまいと、私は鵜の目鷹の目で草を掻き分けて見たが、一粒も見當らなかつた。
私は
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