。
「あなたは山に籠つてから、めつたに外へ出られぬやうだが、山では何をめし上つてゐられますな。」
「さよう。山での食物なら、先づ赤米、白塩、緑葵、紫蓼――といつたやうなところで……」
隠遁者が色づくしの美い名前を数へ立てると、それを傍で聞いてゐたある人が、横から口を出し、
「山では蔬菜ばかしをめしあがつてゐるらしいが、そのなかで何が一番お口に合ひましたな。」
鍾山の隠者は、自分の好物を訊かれたをりに、子供がして見せるやうなはにかんだ表情をした。
「春初の早韮と、秋末の晩菘と――私の好きなのは、この二つです。」
韮のうまさは、この山中の人がいつたやうに、実際春先に土を破つて出る若芽にかぎるもののやうだ。その舌触りの滑かさにおいて、味の甘さにおいて、またこの葷菜のみが持つ腋香のやうな体臭においてさへも、春先のものは、他の季節のそれに比べると、まるで別物のやうな風味の濃かさを感じさせてくれる。
三
詩人杜甫が、ある秋の日友人阮※[#「日+方」、第3水準1−85−13]から韮三十束を贈られたことがあつた。彼はその作物のなかで、
「韮の束は刈り立ての青葉のやうに新鮮で、
そ
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