春の賦
薄田泣菫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)病躯《びやうく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)融通|無碍《むげ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔昭和9年刊『独楽園』〕
−−

        一

 また春が帰つて来た。
 病にかかつてこのかた、暑さ寒さが今までになくひどく体にこたへるので、夏が来ると秋を思ひ、冬になると春を恋しがる以外には、何をも知らない私は、ことしの冬が近年になく厳しからうとの前触れがやかましかつただけに、まだ冬至も来ないうちからどれほど春を待ちかねたことか。とりわけこの三、四年、病気と闘ふ気分のめつきり衰へてきた私は、自分の病躯《びやうく》に和やかな、触りのよい春を見つけるか、また秋を迎へるかすることができると、そのたびごとにほつとして、
「まあ、よかつた。一年振りにまたこんないい時候に出会《でくは》すことができて……」
と、心の底より感謝しないではゐられなかつた。

 いつも家の中にのみ閉ぢ籠つて、門外へは一歩も踏み出したことのない私は、春が来たからと
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