いつて、若い人たちと同じやうに、まだ見ぬ花を尋ねて、あちこちと野山を歩きまはるといふでもないし、また以前よくやつたやうに世間に名の聞えた、もしくはあまり知られてゐない老樹大木を尋ねて、そことしもない旅に上《のぼ》るといふでもない。ただ庭つづきの猫の額ほどの圃《はたけ》を幾度か往き戻りしながら、あたりをじつと見まもるまでのことだ。
 草は草で、天鵞絨《ビロード》のやうな贅沢な花びらをかざり立てて、てんでにこつてりしたお化粧《めかし》をした上に、高い香をそこら中にぷんぷんと撒《ま》き散らし、木は木で、若々しい枝葉を油つこい日光の中へ思ふさまのびのびと拡げて、それぞれみづからの生命を楽しんでゐる和やかさ。それを見てゐると、生きることの悦びは、そこらの枝に来合せてゐる鳥のさへづりや、蜜をもとめて花のなかを飛び交してゐる蜜蜂の鼻唄めいた唸《うな》りと一緒に交り合ひ、融け合つて、私の心のうちに滴り落ちるので、ともすれば陰気に曇らうとする私の感情のくまぐままでもが、覚えずぱつと明るくならうとする。
 今そこらに芽を出したばかりの若草は、毎日のやうに寸を伸ばしていつて、やがて女の髪のやうに房やかになる
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