りをした。安期生はその道の第一人者で、さういふことにかけては融通|無碍《むげ》の誉れを持つてゐた。
 馬明生は師についてながい修業の後、やつと金液神丹方といふのを伝授せられた。この神丹を服用すると、その人はいつまでも不老不死で、そしてまた生身《いきみ》のままで鳥のやうに空を飛ぶことができるといふことだつた。
 ながい希望を達して得意になつた彼は、人々に別れを告げて華陰山の山深く入つていつた。そして教へられた通りの秘法で仙薬を錬つた。
 彼はできあがつた薬を大切さうに掌面《てのひら》に載せた。顔にはほがらかな微笑さへも浮んでゐた。
「わしは、今これを服さうとしてゐるのだ。次の瞬間には、わしの身体は鸛《こふのとり》のやうにふはりと空高く舞ひ揚ることができるのだ。大地よ。お前とは久しい間の……」
 彼はかういつて、最後の一瞥《いちべつ》を長い間の昵懇《なじみ》だつた大地の上に投げた。
 その一刹那、彼の心は変つた。彼は掌面に盛つてゐた仙薬の全分量の半分だけを一息にぐつと嚥《の》み下したかと思ふと、残つた半分を惜し気もなくそこらにぶち撒けてしまつた。
 飛仙となつて、羽ばたきの音けたたましく大
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