はその小壺の上に落ちました。胴の締り工合《ぐあひ》といひ、ふつくりとした肉つきといひ、平素《ふだん》あまりこんなものを見馴れない喜平の素人眼にも、何だか謂《い》はくがありさうに見えました。喜平は熱い掌面《てのひら》で肩から胴へかけての埃を拭き取つて、また見入りました。かつきりとした肩の張には、何となく気位があつて、いつだつたか主人佐渡守の家で、余所ながら拝見した肩衝とかいふ茶入にそつくりな点《ところ》があるやうに思ひました。
「何焼といふのかしら。茶入にしたらよかりさうだな。ともかくも熬し入にして、こんなところに捨てておくのは惜しいものだ」
喜平は腹のなかでさう思ひました。ふとした機会から掘り出されて、世間へ出た名器の出世話――聞き噛りにいろんな人から聞き伝へた、さうした話の幾つかが次から次へと思ひ出されました。
「運が向いてきたのかも知れない。ことによつたら、俺はこの小壺のお蔭で出世するかも知れないぞ」
喜平はまたかうも思ひました。そして畳付の工合を見直さうとして、この不思議な小壺をそつと古畳の上に置きましたが、勿体ないことでもしたやうに、慌ててまたそれを掌面に取りかへしました。
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