やうな苦痛をさへ感じ出しました。
五
「もしや、おれの眼が低くて、鑑定《めきき》が誤つてゐるのではあるまいか……」
忠興はふとこんなことを思ひ出しました。亡くなつた松井佐渡の口からは、仲間喜平とやらは、茶道のはうには何の心得もない、無知なもののやうに聞いてゐた。そんな心得のないものが、ふとした機会で拾つてきたものを、自分が一目見て、
「天下一の瀬戸ぢや」
と口を極めて賞め立てたとしてみると、今日まで茶道の巧者として、自らも他人も許してゐたものの眼が、無知なもののそれと偶然一致したといふよりも、ことによると、その巧者として許されてゐたものが、案外道の入り立ちが浅く、眠が低かつたせゐだつたかも知れない。――と忠興は思ひました。さう思ふと、彼はわが眼に自信が持てなくなりました。
「一度古田|織部《おりべ》に見せるとしよう。あの男は将軍家の師範役だから……」
忠興はかう思ひきめました。そして織部の一言で、自分の眼が低いか高いかがきまるのだ。高いときまつた場合には、自分は今まで通りわが眼に自信を持つことができるが、仲間喜平の名前は、いつまでも悪夢のやうに自分につきまとふに
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