平の名を思ひ出してゐました。忠興にとつて、これはまるで宿命的な聯想でありました。
 忠興は、父幽斎以来自分の家に秘蔵してゐる、数多い茶入のいろいろを思ひ出してみました。そして頭の中で、さうした伝来の器とこの小壺とを並べて、名品比べをしてみました。秘蔵のものには、文琳も、肩衝も、瓢箪もありました。口作り、肩の張り、胴の照り、露先のおもしろみ。――さういつたやうな部分部分の味はひには、それぞれ他の及び難い美しさと誇りとを持つてゐましたが、壺そのものの全体から光のやうに放射してくる「品格の高さ」と「器のたましひ」とになると、とてもこれとは比べものにならないやうに思ひました。
 さういふ秀れた名器が、あらためて家のものになつたのだと思ふと、忠興は充分の満足を味はひました。しかし、広い世界に二人とはないはずの、この名器の発見者が、自分ではなくて、賤しい仲間風情であるのを思ふのは、彼自身にとつても、また器にとつても、一種の恥辱であるやうに忠興には感じられました。この小壺が秀れてゐて、それを見ると、いつも頭が下る気持がするだけに、忠興は仲間喜平の汗じんだ埃だらけな掌面に、自分の額を押へつけられてゐる
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