抱かずにはゐられませんでした。
「殿には、いかうお気に召しました御様子、わたくし持ちましては冥加にあまる品、この小壺はこのまま御納戸に留めおかれますやうに」
 さき方から忠興の様子をぢつと見てゐた佐渡守は口を出しました。
「いや、ならぬ。小壺はやはりそちの手許で秘蔵すべきものぢや」
 忠興はうろたへ気味に、小壺に吸ひ付けられた二つの眼を引きちぎるやうに離して、並みゐる人たちのはうを見かへりました。その眼のうちには、憎悪と渇仰と嫉妬と愛着との焔が、ごつちやになつて痛々しさうに燃えてゐました。

        四

 その後間もなく、松井佐渡守は老死しました。瀬戸の小壺は遺言によつて、相続人の手から細川家に献上せられました。

「たうとうやつて参つたな」
 忠興は前々から、こんな日が到来するのを予知してゐたかのやうに言ひました。そして物に憑かれたやうな眼つきをして、二重箱のなかから小壺を取り出して見ました。その後、佐渡守が手塩にかけていたはり通しただけあつて、置形の味はひには、以前にも増して心をひかれました。
「やはり、天下一の瀬戸ぢや」
 さう思ふと、忠興はその次の瞬間には、もう仲間喜
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