相違ない。もしまた低いときまつた場合には、自分は喜平の悪夢から遁れることはできるが、その代り名器と自信とを両《ふた》つとも失ふのだ。と思ふにつけて、忠興は悲壮な気特に身うちのひきしまる感じを味はひました。
六
古田織部は、つくづくと見入つてゐた眼を、木の枝から果物をもぐ折のやうに、労《いた》はりながらそつと茶入からひき離しました。
「これこそ、真実天下一の瀬戸と拝見いたした。稀代の名器、随分珍重なされたがよろしからうと存じます」
織部は、いかにも感に堪へたやうに言ひました。
それを聞くと、忠興はほつとして、自分の眼に間違ひはなかつたなと思ひました。それと同時に、またしても仲間喜平の名が、鉛のやうな重さをもつて、心の上にのしかかつてくるのを覚えました。しばらくして織部はまた言ひました。
「……随分珍重なされたがよろしからうとは存じますが、御当家ほどの御家で、瀬戸のみの珍重もいかがなれば、この上に唐物《からもの》の名物をお求めあつて、その唐物以上に珍重なされてしかるべく存じます」
唐物の名物――この一語を聞くと、忠興の胸は、急に日光がさしたやうにぱつと明るくなり
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