初蛙
薄田泣菫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)飜斗《もんどり》うって
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)存分|軽噪《はしゃ》ごう
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一
古沼の水もぬるみ、蛙もそろそろ鳴き出す頃となりました。月がおぽろに、燻し銀のように沈んだ春の真夜なか時、静かな若葉の木かげに立ちながら、あてもなくじっと傾ける耳に伝わる仄かなおとずれ――
「くる……くる……くる……」
と、古沼の底から生れた水の泡が、円く沼の面に浮びあがったと思うと、そのまま爆ぜ割れるような、それによく似た物の音を聞きますと、
「ああ、もう初蛙が鳴いている……」
と、誰でもがすぐに気付こうというものです。
私はあの初蛙の鳴き声が好きです。寒い冬の間のながい夢からさめて、これから思う存分|軽噪《はしゃ》ごうというその前に、あっちでも、こっちでも、さも四辺の立聞をでも気づかうように、そっと内証で声試しをしているあの音を聞きますと、ちょうど土塊をおし分けて、むっくり頭をもち上げた早蕨か菌かを見るような、無邪気と悪戯っ気とが味わわれます。それは小っぽけな、知恵と元気とに
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