山雀
薄田泣菫

−−−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)雛《ひな》が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二歩三歩|後退《あとじさ》りを

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔大正15[#「15」は縦中横]年刊『太陽は草の香がする』〕
−−−−

        一

 私の近くにアメリカ帰りの老紳士が住んでをります。その人が今年の春六甲山へ登つて、その帰りにあたりの松林で小鳥の巣を見つけました。巣にはやつと羽が生えかけたばかしの雛《ひな》が四羽をりました。雛は老紳士を見ると、口を一ぱいに開けて、ちいちいと鳴きました。
「可愛い奴だな。俺の顔を見ると、あんなにものを欲しがつてゐるよ」
 老紳士は何か持ち合せはないかしらと袂をさぐつてみましたが、あいにく巻煙草の箱しか見つかりませんでした。老紳士は大の煙草好きでしたが、小鳥であり、おまけに未成年者であるこの相手に、煙草をすすめるわけにもゆきませんので、もどかしさの思ひをしながらも、黙つて見てをりました。
「可愛い奴だ。何鳥かしら」老紳士は覗き込むやうにして雛の毛をあらためました。「山雀《やまがら》によく似てゐるな。山雀かい、お前たちは」
 巣の中の小鳥は、それを聞くと、一斉に頭をもちあげて、ちいちいと鳴きました。
「やつぱし山雀だ」
 さう思ふと同時に、その山雀にいろんな藝を仕込む面白さが老紳士の心を捉へました。親鳥が居合せないのを仕合せに、巣ぐるみ雛を懐中《ふところ》にねぢ込んで、逃げるやうにして山を下りてきました。そして道々、
「もうこんなに大きくなつたんだから、餌付《ゑづ》けさへうまくやつたら、きつと育つだらうて」
と言訳らしく、独りごとをいひました。
 小鳥は四羽のうち、三羽までは死にましたが、残つた一羽は餌づけもうまくいつて、無事に育ちました。だが、困つたことには、山雀だと思つて育てた小鳥が、だんだん大きくなるにつれて、毛いろから恰好までそつくり頬白《ほほじろ》に変つてきました。老紳士はそれを見ながら、毎日のやうに溜息をついてゐます。
「頬白だつていいぢやありませんか。山雀とは比べものにならない好い声で、
 一筆啓上仕りそろ……
と、鳴きますからね」
といつて、慰めますと、老紳士は浮かぬ顔をして、
「いくら好い声で鳴いた
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング