ところで、頬白だつたら山雀のやうにこつちの思ひ通りに藝を仕込むわけにはゆきませんからね」
といつてゐます。老紳士は閑《ひま》にまかせて自分の好みを、小さな鳥の上に一つ残しておきたいらしく見えました。

        二

 山雀といへば、私の子供の頃よく顔を見知つてゐた、親類つづきの山崎老人のことを思ひ出します。山崎老人は負け嫌ひな、気性の激しい上に、時勢に対する適応性と才能とを欠いでゐたために、毎日毎日いらだたしさから、自分で自分の生活を腐蝕してゆくよりほかには仕方がなかつた人でした。都会でも、田舎でも、旧家が衰へ初める頃になると、変質的によくかうした主人を産み出すものです。
 老人の激しい気性は、自然村の人たちをその身辺から遠ざけました。老人は話相手のない所在なさといらだたしさとから遁れるために、毎日鉄砲をかついで、野山へ出かけました。そして見あたり次第に兎を撃ちました。狐を撃ちました。鼬《いたち》を撃ちました。鳶を撃ちました。烏を撃ちました。雀を撃ちました。一度などは、鯉をとるのだといつて、淵のなかにさへ撃ち込みました。
 ある時山崎老人は、いつものやうに鉄砲をかついで山の奥へ入つてゆきました。こんもりした谷の繁みで、老人は一人の若い男が小鳥の巣をさがしあててゐるのを見つけました。
「何の巣だい、それ」
 老人は近寄つて訊きました。鉄砲をさげた、眼のきよろきよろ光るこの老人を、胡散《うさん》さうに見返りながら、若い男はぶつきら棒にいひました。
「山雀の巣だよ」
「それを捕つてかへらうといふのかい」
「さうだよ」
「ならぬ、そんなこと」
「なぜ、できないんだ」若い男はむつとした顔をあげました。「俺らかう見えても、商売人だからな。ここいらの山からは、いつも荒鳥《あらとり》をひいて帰るんだよ」
「いよいよ怪《け》しからん奴だ。ここいらの山を誰のものだと思ふ。みんなわしのものだぞ」
 老人は口から出まかせのことを言つて、ちよつと威張つてみせました。
「よしんば山がお前さんのものだつて、巣くつてる鳥まで自分のものだとは言ふまい」
「いや、言ふとも。わしの山にゐる小鳥は、みんな俺のものだ。指一本差さしはせんぞ」
 老人は山の上に輝いてゐるおてんたう様をも、自分のものだと言ひかねまいほどの意気込みを見せました。
「そんなに威張つたつて、俺が見つけたものを俺が持つて帰るのに
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