手品師と蕃山
薄田泣菫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)算盤珠《そろばんだま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)多分|乃公《わし》だな。
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 手品といふものは、余り沢山見ると下らなくなるが、一つ二つ見るのは面白いものだ。むかし、備前少将光政が、旅稼ぎをする手品師の岡山の城下に来たのを召し出して、手品を見た事があつた。
 一体大名や華族などといふものは、家老や家扶たちの手で、始終上手な手品を見せつけられてゐるものなのだが、備前少将は案外眼の明るい大名だつたので、用人達もこの人の前では、
「二二が六。」
と手品の算盤珠《そろばんだま》を弾いて見せる訳にはいかなかつた。で、少将は一度手品といふものが見たくてまたらなかつたのだ。
 手品師は恐る恐る御前へ出た。夏蜜柑のやうな痘痕面《あばたづら》をした少将の後には、婦人のやうな熊沢蕃山や、津田左源太などが畏まつてゐたが、手品師の眼には顔の見さかひなどは少しもつかなかつた。多勢の顔が風呂敷包みのやうに一かたまりになつて動いた。
 手品師は小手調べに二つ三つ器用な手品を見せた。それから金魚釣と
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