いやうな氣持がしない事もありませんでした。
『その後………といつて、お目にかゝるのは今日が初めてでせう。』
 と、私はいひました。
『いゝえ、二度目ですよ。この前、國木田君が生きてゐた頃、どこかでお目にかかつたぢやありませんか。』
 島崎氏は私が物忘れしてゐるのを訝しがるやうな口吻で云はれました。
『そんな筈はありません。こんどが初めてです。』
『なに、二度目ですよ。』
 と、私達は暫く言ひあらそひました。
 實際島崎氏が何といはれたつて、私達が會つたのは、その日が初めてゞした。氏は國木田氏が在世の頃といはれましたが、私が國木田氏に會つたのは、たつた二度で、それも二度とも大阪の土地ででありました。
 その日、島崎氏と何くれとなく話をしてゐますと、
『お父さん只今。』
 と、いつて氏の子供さんが二人連で學校から歸つて來られました。すると島崎氏は、ぶきつちよな手附で、本箱の抽斗から蜜柑を二つ取出して、
『さあ、これを上げますから、おとなしくしていらつしやいよ。今、お客さまですから。』
 と、いつて居られました。
『なか/\おたいていぢやありませんね。』
『なに、男の子はいゝんですが、女の子
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