硯と殿様
薄田泣菫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鶴笑《くわくせう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)犬養|木堂《もくだう》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なか/\
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犬養|木堂《もくだう》の硯の話は、あの人の外交談や政治談よりはずつと有益だ。その硯については面白い話がある。徳川の末期に鶴笑《くわくせう》道人といふ印刻家があつた。硯の善《よ》いのを沢山持ち合せてゐたが、その一つに蓋に大雅堂《たいがだう》の筆で「天然研」と書いたのがあつた。阿波の殿様がそれを見て、自分の秘蔵の研《すゞり》七枚までも出すから、取り替ては呉れまいかとの談話《はなし》があつたが、鶴笑はなか/\諾《うん》とは言はなかつた。
呉れぬ物が猶《な》ほ欲しくなるのは、殿様や子供の持つて生れた性分で、阿波の殿様は、望みとあらば何でも呉れてやらうから、達《たつ》て「天然研」を譲つて貰ひたいと執念《しふね》く持ちかけて来た。鶴笑は一寸顔を顰《しか》めた。
「ぢや仕方が無い、阿波の国半分だけ戴く事にしませう。」
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