た。鶴笑の積りではそれでも大分見切つた上の申出《まをしで》らしかつた。何故といつて阿波の国は半分|割《さ》いた処で、別段|差支《さしつかへ》もなかつたが、硯だけは半分に割つては何《ど》うする事も出来なかつた。あの内閣や政党を毀《こは》す事の大好きな木堂ですら「鋒《ほう》」とやらを見るためには、硝酸銀で硯を焼かなければならぬ、そんな勿体ない事が出来るものぢやないといつてゐる位だから。
だが勘定高い殿様はそれを聞くと、
「仕方がない、この硯と鳴門の瀬戸は俺《わし》の力にも及ばぬものと見えるて。」
と、溜息を吐《つ》いてあきらめた。殿様がこの場合鳴門の瀬戸を思ひ出したのは賢い方法で、人間《ひと》の力で自由にならないものは沢山《どつさり》あるのだから、その中からどんな物を引合ひに出さうと自分の勝手である。かうして絶念《あきらめ》がつけばそんな廉価な事は無い筈だ。
底本:「日本の名随筆 別巻9 骨董」作品社
1991(平成3)年11月25日第1刷発行
1999(平成11)年8月25日第6刷発行
底本の親本:「完本 茶話 上巻」冨山房
1983(昭和58)年11月発行
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