喜光寺
薄田泣菫
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)整《ととの》つた
−−
佐紀の村外れから、郡山街道について南へ下ると、路の右手に當つて、熟れかかつた麥の穗並の上に、ぬつとした喜光寺の屋根が見える。
立停つて疲れたやうな屋根の勾配を見てゐると、これまでの旅につひぞ覺えのない寂しい心持になつて來る、どうしたといふのであらう。――今朝奈良を發つて、枚方道を法華寺の邊りで振り返つて見た東大寺の眺めは、譬へやうもない宏大なものだつたが、今の心持はそれとも違ふ。いつだつたかはまた八條村の附近で正面に藥師寺の塔を振り仰いでみた。それはすつきりと調子の整《ととの》つたものだつたが、今の感じはそれとも異ふ。一口に言つてしまへばそんな歎美の念に充ちたものではなくて、寧ろ衰殘そのものに對ひ合つた寂しい氣持だ。
私は砂埃のかかつた草の上にどつかと腰をおろした。どつちを向いてみても若々しい生命に充ちた初夏の光景のうちに、どこかかう間の拔けたやうな、古い、大柄な屋根ののつそりと突立つてゐるのを見ると、なんといふ譯もなく、いつぞや讀んだツルゲネエフの『親と子』がふと記憶に上
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング