でもと、鳥の羽《は》に裂けたる波の合わぬ間《ま》を随《したが》う。両岸の柳は青い。
シャロットを過ぐる時、いずくともなく悲しき声が、左の岸より古き水の寂寞《じゃくまく》を破って、動かぬ波の上に響く。「うつせみの世を、……うつつ……に住めば……」絶えたる音はあとを引いて、引きたるはまたしばらくに絶えんとす。聞くものは死せるエレーンと、艫《とも》に坐る翁のみ。翁は耳さえ借さぬ。ただ長き櫂をくぐらせてはくぐらする。思うに聾《つんぼ》なるべし。
空は打ち返したる綿を厚く敷けるが如く重い。流を挟《はさ》む左右の柳は、一本ごとに緑りをこめて濛々《もうもう》と烟る。娑婆《しゃば》と冥府《めいふ》の界《さかい》に立ちて迷える人のあらば、その人の霊を並べたるがこの気色《けしき》である。画《え》に似たる少女《おとめ》の、舟に乗りて他界へ行くを、立ちならんで送るのでもあろう。
舟はカメロットの水門に横付けに流れて、はたと留まる。白鳥の影は波に沈んで、岸高く峙《そばだ》てる楼閣の黒く水に映るのが物凄《ものすご》い。水門は左右に開けて、石階の上にはアーサーとギニヴィアを前に、城中の男女《なんにょ》が悉《こ
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