とごと》く集まる。
 エレーンの屍《しかばね》は凡《すべ》ての屍のうちにて最も美しい。涼しき顔を、雲と乱るる黄金《こがね》の髪に埋《うず》めて、笑える如く横《よこた》わる。肉に付着するあらゆる肉の不浄を拭《ぬぐ》い去って、霊その物の面影を口鼻《こうび》の間に示せるは朗かにもまた極めて清い。苦しみも、憂いも、恨みも、憤りも――世に忌《いま》わしきものの痕《あと》なければ土に帰る人とは見えず。
 王は厳《おごそ》かなる声にて「何者ぞ」と問う。櫂の手を休めたる老人は唖《おうし》の如く口を開かぬ。ギニヴィアはつと石階を下《くだ》りて、乱るる百合の花の中より、エレーンの右の手に握る文《ふみ》を取り上げて何事と封を切る。
 悲しき声はまた水を渡りて、「……うつくしき……恋、色や……うつろう」と細き糸ふって波うたせたる時の如くに人々の耳を貫く。
 読み終りたるギニヴィアは、腰をのして舟の中なるエレーンの額――透き徹《とお》るエレーンの額に、顫《ふる》えたる唇をつけつつ「美くしき少女[#「美くしき少女」に傍点]!」という。同時に一滴の熱き涙はエレーンの冷たき頬の上に落つる。
 十三人の騎士は目と目を見
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