して去る。やむなくてわれも従う。不思議なるはわが馬を振り向けんとしたる時、前足を躍らしてあやしくも嘶《いなな》ける事なり。嘶く声の果《はて》知らぬ夏野に、末広に消えて、馬の足掻《あがき》の常の如く、わが手綱《たづな》の思うままに運びし時は、ランスロットの影は、夜《よ》と共に微《かす》かなる奥に消えたり。――われは鞍を敲《たた》いて追う」
「追い付いてか」と父と妹は声を揃《そろ》えて問う。
「追い付ける時は既に遅くあった。乗る馬の息の、闇《やみ》押し分けて白く立ち上るを、いやがうえに鞭《むちう》って長き路を一散に馳《か》け通す。黒きもののそれかとも見ゆる影が、二丁ばかり先に現われたる時、われは肺を逆しまにしてランスロットと呼ぶ。黒きものは聞かざる真似《まね》して行く。幽《かす》かに聞えたるは轡《くつわ》の音か。怪しきは差して急げる様もなきに容易《たやす》くは追い付かれず。漸《ようや》くの事|間《あいだ》一丁ほどに逼《せま》りたる時、黒きものは夜の中に織り込まれたる如く、ふっと消える。合点《がてん》行かぬわれは益《ますます》追う。シャロットの入口に渡したる石橋に、蹄も砕けよと乗り懸けしと思
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