アは倒れんとする身を、危く壁掛に扶《たす》けて「ランスロット!」と幽《かすか》に叫ぶ。王は迷う。肩に纏《まつ》わる緋の衣の裏を半ば返して、右手《めて》の掌《たなごころ》を十三人の騎士に向けたるままにて迷う。
 この時館の中に「黒し、黒し」と叫ぶ声が石※[#「土へん+楪のつくり」、第4水準2−4−94]《せきちょう》に響《ひびき》を反《かえ》して、窈然《ようぜん》と遠く鳴る木枯《こがらし》の如く伝わる。やがて河に臨む水門を、天にひびけと、錆《さ》びたる鉄鎖に軋《きし》らせて開く音がする。室の中なる人々は顔と顔を見合わす。只事《ただごと》ではない。

     五 舟

「※[#「(矛+攵)/金」、第3水準1−93−30]《かぶと》に巻ける絹の色に、槍突き合わす敵の目も覚《さ》むべし。ランスロットはその日の試合に、二十余人の騎士を仆《たお》して、引き挙ぐる間際《まぎわ》に始めてわが名をなのる。驚く人の醒《さ》めぬ間《ま》を、ラヴェンと共に埒《らち》を出でたり。行く末は勿論《もちろん》アストラットじゃ」と三日過ぎてアストラットに帰れるラヴェンは父と妹に物語る。
「ランスロット?」と父は驚きの
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