。――王妃の顔は屍《しかばね》を抱《いだ》くが如く冷たい。アーサーは覚えず抑えたる手を放す。折から廻廊を遠く人の踏む音がして、罵《ののし》る如き幾多の声は次第にアーサーの室に逼《せま》る。
入口に掛けたる厚き幕は総《ふさ》に絞らず。長く垂れて床をかくす。かの足音の戸の近くしばらくとまる時、垂れたる幕を二つに裂いて、髪多く丈《たけ》高き一人の男があらわれた。モードレッドである。
モードレッドは会釈もなく室の正面までつかつかと進んで、王の立てる壇の下にとどまる。続いて入《い》るはアグラヴェン、逞《たく》ましき腕の、寛《ゆる》き袖を洩れて、赭《あか》き頸《くび》の、かたく衣の襟《えり》に括《くく》られて、色さえ変るほど肉づける男である。二人の後《あと》には物色する遑《いとま》なきに、どやどやと、我勝ちに乱れ入りて、モードレッドを一人《ひとり》前に、ずらりと並ぶ、数は凡《すべ》てにて十二人。何事かなくては叶《かな》わぬ。
モードレッドは、王に向って会釈せる頭《かしら》を擡《もた》げて、そこ力のある声にていう。「罪あるを罰するは王者《おうしゃ》の事か」
「問わずもあれ」と答えたアーサーは今
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