誇るばかり乱れたるに、頬《ほお》の色は釣《つ》り合わず蒼白《あおじろ》い。
 女は幕をひく手をつと放して内に入《い》る。裂目《さけめ》を洩れて斜めに大理石の階段を横切りたる日の光は、一度に消えて、薄暗がりの中に戸帳の模様のみ際立《きわだ》ちて見える。左右に開く廻廊には円柱《まるばしら》の影の重なりて落ちかかれども、影なれば音もせず。生きたるは室の中なる二人のみと思わる。
「北の方《かた》なる試合にも参り合せず。乱れたるは額にかかる髪のみならじ」と女は心ありげに問う。晴れかかりたる眉《まゆ》に晴れがたき雲の蟠《わだか》まりて、弱き笑《わらい》の強《し》いて憂《うれい》の裏《うち》より洩れ来《きた》る。
「贈りまつれる薔薇の香《か》に酔《え》いて」とのみにて男は高き窓より表の方《かた》を見やる。折からの五月である。館を繞《めぐ》りて緩《ゆる》く逝《ゆ》く江に千本の柳が明かに影を※[#「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1−91−44]《ひた》して、空に崩《くず》るる雲の峰さえ水の底に流れ込む。動くとも見えぬ白帆に、人あらば節面白き舟歌も興がろう。河を隔てて木《こ》の間《ま》隠れに
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