け》あるあるじの子の、情深き賜物を辞《いな》むは礼なけれど……」
「礼ともいえ、礼なしともいいてやみね。礼のために、夜《よ》を冒して参りたるにはあらず。思の籠《こも》るこの片袖を天が下の勇士に贈らんために参りたり。切に受けさせ給え」とここまで踏み込みたる上は、かよわき乙女の、かえって一徹に動かすべくもあらず。ランスロットは惑《まど》う。
 カメロットに集まる騎士は、弱きと強きを通じてわが盾の上に描かれたる紋章を知らざるはあらず。またわが腕に、わが兜に、美しき人の贈り物を見たる事なし。あすの試合に後るるは、始めより出づるはずならぬを、半途より思い返しての仕業《しわざ》故である。闘技の埒《らち》に馬乗り入れてランスロットよ、後れたるランスロットよ、と謳《うた》わるるだけならばそれまでの浮名である。去れど後れたるは病のため、後れながらも参りたるはまことの病にあらざる証拠《あかし》よといわば何と答えん。今|幸《さいわい》に知らざる人の盾を借りて、知らざる人の袖を纏《まと》い、二十三十の騎士を斃《たお》すまで深くわが面《おもて》を包まば、ランスロットと名乗りをあげて人驚かす夕暮に、――誰《たれ》
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