》る豊頬《ほうきょう》の色は、湧《わ》く血潮の疾《と》く流るるか、あざやかなる絹のたすけか。ただ隠しかねたる鬢《びん》の毛の肩に乱れて、頭には白き薔薇を輪に貫ぬきて三輪|挿《さ》したり。
白き香りの鼻を撲《う》って、絹の影なる花の数さえ見分けたる時、ランスロットの胸には忽ちギニヴィアの夢の話が湧き帰る。何故《なにゆえ》とは知らず、悉《ことごと》く身は痿《な》えて、手に持つ燭を取り落せるかと驚ろきて我に帰る。乙女はわが前に立てる人の心を読む由もあらず。
「紅《くれない》に人のまことはあれ。恥ずかしの片袖を、乞《こ》われぬに参らする。兜《かぶと》に捲《ま》いて勝負せよとの願なり」とかの袖を押し遣る如く前に出《いだ》す。男は容易に答えぬ。
「女の贈り物受けぬ君は騎士か」とエレーンは訴うる如くに下よりランスロットの顔を覗《のぞ》く。覗かれたる人は薄き唇を一文字に結んで、燃ゆる片袖を、右の手に半ば受けたるまま、当惑の眉を思案に刻む。ややありていう。「戦《たたかい》に臨む事は大小六十余度、闘技の場に登って槍を交えたる事はその数を知らず。いまだ佳人の贈り物を、身に帯びたる試《ため》しなし。情《なさ
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