去《さん》ぬる騎士の闘技に足を痛めて今なお蓐《じょく》を離れず。その時彼が持ちたるは白地に赤く十字架を染めたる盾なり。ただの一度の仕合に傷《きずつ》きて、その創口《きずぐち》はまだ癒《い》えざれば、赤き血架は空《むな》しく壁に古りたり。これを翳《かざ》して思う如く人々を驚かし給え」
 ランスロットは腕を扼《やく》して「それこそは」という。老人はなお言葉を継ぐ。
「次男ラヴェンは健気《けなげ》に見ゆる若者にてあるを、アーサー王の催《もよおし》にかかる晴の仕合に参り合わせずば、騎士の身の口惜しかるべし。ただ君が栗毛の蹄《ひづめ》のあとに倶《ぐ》し連れよ。翌日《あす》を急げと彼に申し聞かせんほどに」
 ランスロットは何の思案もなく「心得たり」と心安げにいう。老人の頬《ほお》に畳める皺《しわ》のうちには、嬉《うれ》しき波がしばらく動く。女ならずばわれも行かんと思えるはエレーンである。
 木に倚《よ》るは蔦《つた》、まつわりて幾世を離れず、宵《よい》に逢《あ》いて朝《あした》に分るる君と我の、われにはまつわるべき月日もあらず。繊《ほそ》き身の寄り添わば、幹吹く嵐《あらし》に、根なしかずらと倒れも
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