えたるは、具足を脱いで、黄なる袍《ほう》に姿を改めたる騎士なり。シャロットを馳《は》せる時何事とは知らず、岩の凹《くぼ》みの秋の水を浴びたる心地して、かりの宿りを求め得たる今に至るまで、頬《ほお》の蒼《あお》きが特更《ことさら》の如くに目に立つ。
 エレーンは父の後ろに小さき身を隠して、このアストラットに、如何《いか》なる風の誘いてか、かく凛々《りり》しき壮夫《ますらお》を吹き寄せたると、折々は鶴《つる》と瘠《や》せたる老人の肩をすかして、恥かしの睫《まつげ》の下よりランスロットを見る。菜の花、豆の花ならば戯るる術《すべ》もあろう。偃蹇《えんけん》として澗底《かんてい》に嘯《うそぶ》く松が枝《え》には舞い寄る路のとてもなければ、白き胡蝶《こちょう》は薄き翼を収めて身動きもせぬ。
「無心ながら宿貸す人に申す」とややありてランスロットがいう。「明日《あす》と定まる仕合の催しに、後《おく》れて乗り込む我の、何の誰《たれ》よと人に知らるるは興なし。新しきを嫌《きら》わず、古きを辞せず、人の見知らぬ盾《たて》あらば貸し玉え」
 老人ははたと手を拍《う》つ。「望める盾を貸し申そう。――長男チアーは
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