《とおやなぎ》の枝が風に靡《なび》いて動く間《あいだ》に、忽《たちま》ち銀《しろがね》の光がさして、熱き埃《ほこ》りを薄く揚げ出す。銀の光りは南より北に向って真一文字にシャロットに近付いてくる。女は小羊を覘《ねら》う鷲《わし》の如くに、影とは知りながら瞬《またた》きもせず鏡の裏《うち》を見《み》詰《つむ》る。十|丁《ちょう》にして尽きた柳の木立《こだち》を風の如くに駈《か》け抜けたものを見ると、鍛え上げた鋼《はがね》の鎧《よろい》に満身の日光を浴びて、同じ兜《かぶと》の鉢金《はちがね》よりは尺に余る白き毛を、飛び散れとのみ※[#「参+毛」、第3水準1−86−45]々《さんさん》と靡かしている。栗毛《くりげ》の駒《こま》の逞《たくま》しきを、頭《かしら》も胸も革《かわ》に裹《つつ》みて飾れる鋲《びょう》の数は篩《ふる》い落せし秋の夜の星宿《せいしゅく》を一度に集めたるが如き心地である。女は息を凝らして眼を据《す》える。
 曲がれる堤《どて》に沿うて、馬の首を少し左へ向け直すと、今までは横にのみ見えた姿が、真正面に鏡にむかって進んでくる。太き槍をレストに収めて、左の肩に盾《たて》を懸けたり
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