》ゆきまで明かなるに、室のうちは夏知らぬ洞窟《どうくつ》の如くに暗い。輝けるは五尺に余る鉄の鏡と、肩に漂う長き髪のみ。右手《めて》より投げたる梭《ひ》を左手《ゆんで》に受けて、女はふと鏡の裡《うち》を見る。研《と》ぎ澄したる剣《つるぎ》よりも寒き光の、例《いつも》ながらうぶ毛の末をも照すよと思ううちに――底事《なにごと》ぞ!音なくて颯《さ》と曇るは霧か、鏡の面《おもて》は巨人の息をまともに浴びたる如く光を失う。今まで見えたシャロットの岸に連なる柳も隠れる。柳の中を流るるシャロットの河も消える。河に沿うて往《ゆ》きつ来りつする人影は無論ささぬ。――梭の音ははたとやんで、女の瞼《まぶた》は黒き睫《まつげ》と共に微《かす》かに顫《ふる》えた。「凶事か」と叫んで鏡の前に寄るとき、曇は一刷《いっさつ》に晴れて、河も柳も人影も元の如くに見《あら》われる。梭は再び動き出す。
 女はやがて世にあるまじき悲しき声にて歌う。
  うつせみの世を、
  うつつに住めば、
  住みうからまし、
  むかしも今も。」
  うつくしき恋、
  うつす鏡に、
  色やうつろう、
  朝な夕なに。」
 鏡の中なる遠柳
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