聴く者は、淋《さび》しき皐《おか》の上に立つ、高き台《うてな》の窓を恐る恐る見上げぬ事はない。親も逝き子も逝きて、新しき代《よ》にただ一人取り残されて、命長きわれを恨み顔なる年寄の如く見ゆるが、岡の上なるシャロットの女の住居《すまい》である。蔦《つた》鎖《とざ》す古き窓より洩《も》るる梭の音の、絶間《たえま》なき振子《しんし》の如く、日を刻むに急なる様なれど、その音はあの世の音なり。静《しずか》なるシャロットには、空気さえ重たげにて、常ならば動くべしとも思われぬを、ただこの梭の音のみにそそのかされて、幽かにも震うか。淋しさは音なき時の淋しさにも勝《まさ》る。恐る恐る高き台を見上げたる行人《こうじん》は耳を掩《おお》うて走る。
 シャロットの女の織るは不断の※[#「糸+曾」、第3水準1−90−21]《はた》である。草むらの萌草《もえぐさ》の厚く茂れる底に、釣鐘の花の沈める様を織るときは、花の影のいつ浮くべしとも見えぬほどの濃き色である。うな原のうねりの中に、雪と散る浪《なみ》の花を浮かすときは、底知れぬ深さを一枚の薄きに畳む。あるときは黒き地《じ》に、燃ゆる焔《ほのお》の色にて十字架を描
前へ 次へ
全52ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング