ことごと》くシャロットの女の鏡に写る。あるときは赤き帽の首打ち振りて馬追うさまも見ゆる。あるときは白き髯《ひげ》の寛《ゆる》き衣を纏《まと》いて、長き杖《つえ》の先に小さき瓢《ひさご》を括《くく》しつけながら行く巡礼姿も見える。又あるときは頭《かしら》よりただ一枚と思わるる真白の上衣《うわぎ》被《かぶ》りて、眼口も手足も確《しか》と分ちかねたるが、けたたましげに鉦《かね》打ち鳴らして過ぎるも見ゆる。これは癩《らい》をやむ人の前世の業《ごう》を自《みずか》ら世に告ぐる、むごき仕打ちなりとシャロットの女は知るすべもあらぬ。
 旅商人《たびあきゅうど》の脊《せ》に負える包《つつみ》の中には赤きリボンのあるか、白き下着のあるか、珊瑚《さんご》、瑪瑙《めのう》、水晶、真珠のあるか、包める中を照らさねば、中にあるものは鏡には写らず。写らねばシャロットの女の眸《ひとみ》には映ぜぬ。
 古き幾世を照らして、今の世にシャロットにありとある物を照らす。悉く照らして択《えら》ぶ所なければシャロットの女の眼に映るものもまた限りなく多い。ただ影なれば写りては消え、消えては写る。鏡のうちに永《なが》く停《とど》ま
前へ 次へ
全52ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング