い。世の中は自己の想像とは全く正反對の現象でうづまつてゐる。
そこで吾人の世に立つ所はキタナイ者でも、不愉快なものでも、イやなものでも一切避けぬ否進んで其内へ飛び込まなければ何にも出來ぬといふ事である。
只きれいにうつくしく暮らす即ち詩人的にくらすといふ事は生活の意義の何分一か知らぬが矢張り極めて僅少な部分かと思ふ。で草枕の樣な主人公ではいけない。あれもいゝが矢張り今の世界に生存して自分のよい所を通さうとするにはどうしてもイブセン流に出なくてはいけない。
此點からいふと單に美的な文字は昔の學者が冷評した如く閑文字に歸着する。俳句趣味は此閑文字の中に逍遙して喜んで居る。然し大なる世の中はかゝる小天地に寐ころんで居る樣では到底動かせない。然も大に動かさゞるべからざる敵が前後左右にある。苟も文學を以て生命とするものならば單に美といふ丈では滿足が出來ない。丁度維新の當士[#「士」に「〔時〕」の注記]勤王家が困苦をなめた樣な了見にならなくては駄目だらうと思ふ。間違つたら神經衰弱でも氣違いでも入牢でも何でもする了見でなくては文學者になれまいと思ふ。文學者はノンキに、超然と、ウツクシがつて世間
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