は分らないからいゝ。氣違にも、君子にも、學者にも一日のうちに是より以上の變化もして見せる。人が學者といふも、氣違といふも、君子と云ふも、月給さへ渡つてゐればちつとも差支ない。だから僕は僕一人の生活をやつてゐるので人に手本を示してゐるのではない。近頃の僕の所作を眞似られちや大變だ。 草々
        十月二十六日
[#地から5字上げ]夏目金之助
     鈴木三重吉樣

          四四一
 明治三十九年十月二十六日 (時間不明) 本郷區駒込千駄木町五十七番地より本郷區彌生町三番地小林第一支店鈴木三重吉へ [封筒表中央下に「第二信」とあり]
 只一つ君に教訓したき事がある。是は僕から教へてもらつて决して損のない事である。 僕は小供のうちから青年になる迄世の中は結構なものと思つてゐた。旨いものが食へると思つてゐた。綺麗な着物がきられると思つてゐた。詩的に生活が出來てうつくしい細君がもてゝ。うつくしい家庭が〔出〕來ると思つてゐた。
 もし出來なければどうかして得たいと思つてゐた。換言すれば是等の反對を出來る丈避け樣としてゐた。然る所世の中に居るうちはどこをどう避けてもそんな所はな
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